先日久しぶりに外科の師匠から電話がありました。
電話でお声を聞いたのは4年半ぶりくらいでしょうか。
本当に久しぶりの電話でした。
昼休み、他の獣医さんや看護師さん達が手術で忙しそうにしているなか、一本の電話がかかってきました。
一人ぼんやりと突っ立っていた私は当然のように受話器を持ち上げます。
「大阪の山○です。」
もしもしの言葉もなく、職業や身分を表す言葉もなく、いきなり受話器から聞こえてきた声は、聞き間違えようのない師匠の声でした。
(名前はご迷惑がかかるとまずいので伏せさせていただきます)
あまりに懐かしく、しかし絶対に忘れることのできない師匠の声を聞き、電話越しとはいえ、ぴんと背筋が伸びます。
いろんなことを考えます。
何か師匠の迷惑になるようなポカでもやっただろうか?
内科の師匠か眼科の師匠に何か不幸でもあったのか?(失礼な)
なにぶん4年半ぶりの電話です。
きっと何かあったに違いないと不安が頭を駆け巡ります(なぜか良いことが想像できない)。
「ど、どうされました?」
ちょっと声がうわずっていたかもしれません。
「このたびは結構なものをいただいて・・・」
意味がわからずさらに困惑します。
よくよく考えてみると、何のことはない、どうやらお中元のお礼だったようです。
しかし、大阪の病院を卒業して4年半。
お中元、お歳暮、年賀状は欠かしたことはありません。
お礼のお手紙は毎回いただきますが、お電話を直接いただいたことなど初めてです。
怖い!なんかわかんないけど、怖い。
獣医師でありながら、あまり世間話の得意でない二人はぎこちなく会話を交わします。
かなり緊張していたので何を話していたかよく覚えていませんが、来年の3月に海外の有名な先生を招いて外科手術の実習セミナーをするという部分はかろうじて覚えています。
「AOの新しい手術方法の実習セミナーなんだよ」
ちょっとうれしそうに話す師匠に、相変わらず前向きだなーと素直に感心します。
前にも一度ひとりごとで書いたことがあるお師匠さんです。
今年あたりでそろそろ50歳くらいでしょうか、関西で有名な外科医として名をはせ、数多くの手術を卓越した技術でちぎっては投げちぎっては投げ。
それでもまだ今の技術に飽き足らず、常に新しい技術を模索し続けていく。
テレビのドキュメンタリーではよく見かけるタイプの人ですが、実際お目にかかるのは稀ではないでしょうか。
大学を卒業し、右も左もわからない状態の私に、手取り足取り教えてくれた恩師です。
いつかあの人のような獣医師になりたいという一心で頑張ってきました。
4年間師匠の背中を見続け、感じたことは一生追い越すどころか追いつくことすらできないだろうという確信でした。
たった4年間の間に、診療、検査、麻酔、手術、しつけ、あらゆる面で修行していた病院のシステムは変化し続けていきました。
スタッフをさまざまなセミナー、勉強会に参加させ、そこで良いと報告されたことはとりあえず実施してみる。
もちろん実施してみた結果、あまり結果が芳しくなく、取り入れられなかったものもありますが、まずは取り入れてみるという姿勢を貫き、常に前進し続けていきました。
それは何よりも院長である外科の師匠の姿勢が、病院全体に反映されているからだと思います。
もう何十例、何百例やったことのある手術方法に、普通は自信を持ち、プライドを持ち、なかなか新しい手術方法など受け入れられないという獣医さんが多いものです。
それを師匠はあっさり切り捨てます。
その手術方法は師匠の代名詞というくらい定着していた手術をあっさり捨て(もちろん次の手術に生かされはしますが)、新しい手術方法を勉強しにスイスの大学へ飛んで行ってしまいます。
その潔さに憧れを感じずにはいられません。
その姿を見て育った獣医師は、自分の技術、診療に常に疑問を持ち、新しいものを身につけ、常に前進し続けていないと不安になってしまう、ちょっと落ち着きのない獣医師に育ちます。
自分の外科技術が生涯師匠に追いつけないであろうことは、修行を始めたかなり早い段階で気づきました。
それでもやはり少しでも近づきたいと無駄な努力をしてしまいます。
師匠がウサギなら、私はカメです。
謙遜でなく、本当にそう思うのです。
しかもあのうさぎは休まない。
走り続けるウサギです。
なので、生涯あの師匠を追い越すことなど無理でしょう。
でも、カメはカメなりにウサギを追いかけないといけないので、えっちらおっちら歩んでいくのです。
そうでないと、私なんかの背中を追いかけて走っている子ガメたちが歩みを止めてしまいますから。
「ぜひセミナーに参加させてください」
電話でそう伝えると
「ほんとに来るつもり?ならまあ、頭の片隅には置いておきましょう」
などと、ぶっきらぼうなお返事。
あー、相変わらずだとなんだかほっとします。
セミナーに誘ってくださるつもりで電話をしてこられたのか、単なる世間話の延長なのか。
それでも、もしかして獣医師の卵から獣医師のひよこくらいには、師匠の中で昇格したのかもと、ちょっとうれしくなってしまう単純な私。
これからも地味に走り続けなければということなのかもしれません。
もうちょっとペースを上げろよという叱咤激励かもしれません。
まあ、電話の意味はともかく、少しでもあのうさぎのそばに近づけるよう。
少しでも前に進み続けていかなければ。
・・・にしても、あのウサギどこまで走ってくつもりなんだろ?
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