本文へスキップ

あなたがウサギに出来ることは 獣医師による うさぎ専門情報サイトです。

MAIL alles@usagi.cn

アレス動物医療センター

お師匠さん

 私には一生けっして逆らえない人が一人います。
 今働いている病院の院長先生、つまりお師匠さんです。

 大学を卒業してからずっと今働いている病院で勤めています。
 今の日本の獣医育成制度はかなり遅れており、大学卒業時点できちんとした診療が出来るレベルまで学生は育つかというと、現状は厳しいものがあり、実際は卒業後に就職する病院で診療治療のイロハを1からたたき込まれると言った形がほとんどです。
 ですから、私の獣医学の基礎は大学で学んだものかもしれませんが、診療の基礎は院長に教えていただいたものと言っても過言ではありません。
 診察室でも飼い主さんへのインフォームドコンセントから、検査結果の見方、医療機器の使い方、診断の仕方、治療の仕方、手術法、獣医師としての考え方等々数え切れないことを詰め込んでもらいました。
 
 院長は徒弟制度みたいな古い慣習は良くない、といいますが、実際は師匠と弟子という関係に他ならず、院長が黒と言えば黒、白といえば白という世界であることは否めません。
 徒弟制度など今時、と思われるかもしれませんが、私は今の院長の元で勉強をさせてもらい、それも悪くない、と思うときもあったりします(院長はあくまで徒弟制度ではないとおっしゃいますが)。

 働き初めて間もない頃院長と一緒によく手術をさせてもらいましたが、院長は手術のコツや注意点、ちょっとしたテクニックなど、惜しげもなく教えてくれました。
 あるとき、ご自身が20年かけてたどり着いたテクニックを私に伝えながら「口で伝えると一瞬やな」と苦笑いしました。
 「そんな大事なことをいずれこの病院からでていく私に、あっさり教えて良いのですが」と聞くと
 「獣医師が自分の弟子を育てるのは当たり前のこと」とおっしゃいました。

 獣医師は次の世代の獣医師を育て、その獣医師は次の獣医師を育てる。
 親が子を育て、子がその子を育てることに何の理由が必要か?と続けました。

 院長曰わく、商売敵を作ると考えたら、いつまで経っても日本の獣医学は発展しない、とのことです。
 「○●先生も、ちゃんと人を育てろよ」と笑ってました。

 確かに理論上はそうなのですが、年々開業医が増え、成長が厳しくなっている獣医業界の中で、なかなか言えるセリフではありません。
 「おっとこまえー!!」とその瞬間だけ思いました。

 この言葉がすごく印象的で、ずるずると今の病院に居続ける羽目になったのですが、我ながらなかなか良い病院に就職したなと思っております。

 確かに多少頑固で、無口で、ちょっと恐い人ですが、なんだかんだ言ってすばらしいお師匠さんなのです。
 私にとってもっとも怖く、もっとも偉大で、もっとも尊敬するお師匠さんなのです。
 いまだに乗り越えるどころか追いつくこともできない、高い高い目標なのです。

 ときどき院長のセリフを思い出して、ふと考えます。
 自分ははたして自分の知識を、自分の弟子に惜しむことなく教えてあげることが出来るだろうか。
 なかなか追いつけない高い目標と、言ってもらえるような院長になれるのかと。

 きっと、獣医師だけでなく、大工さんも、植木屋さんも、お寿司やさんも、どんな仕事でも、少なからずこのようなことってあるのかもしれませんが、偉大なお師匠さん(というか上司)に出会えるって、すごく幸運で、すばらしいことだと思うのです。
 例え一生どんなことにも逆らえないとは思いますが、それでも出会えて本当に良かったと思うのです。

 何で今回このようなひとりごとかというと、実は今の病院を今月いっぱいで卒業することになったからです。
 生意気にも独立開業することになったのです(といっても秋頃のお話ですが)。

 うちのお師匠さんのように、尊敬される院長にはたして成れるかはわかりませんが、いつか人を雇うことがあったら絶対言ってやるんです。
 「獣医師が自分の弟子を育てるのは当たり前のこと、親が子を育て、子がその子を育てることに何の理由が必要か?」と。
 
 ・・・院長がいつまでもこのホームページに気づかず、このページを読む日が一生来ないことを祈っております。


アレス動物医療センター

〒933-0813
富山県高岡市下伏間江371

TEL 0766-25-2586
FAX 0766-25-2584