この仕事動物が大好きではじめた商売ですが、頑張れば頑張るほど動物に嫌われる非常に悲しい商売です。
病院に来る動物のほとんどが、病院嫌い、医者嫌いで、いつも片思い。
注射や処置などをしない単なる健康診断でもブルブルふるえて、もっとわかりやすい子は病院に来る前におうちで「病院にいこーねー」と飼い主さんが言ったとたんに、ふるえだす子もいるくらいです。
そんな中、時々何か勘違いして楽しそうに病院に来る子がいます。
100人に1人くらいの、稀有なる存在ですが、獣医師の心が救われる貴重な子達です。
今日はその中の1人「はなちゃん」ことはなこちゃんのお話です。
はなちゃんはこの病院を開いた年の大晦日の夜中に、異物を飲み込んで夜間救急でやってきたヨークシャテリアです。
何度注射をされても、何度点滴をしても、何度開腹手術をしても、それでも尻尾を振り続け、病院に来るたびに嬉ションをし続け、診察が終わっても尻尾を振りながら診察室へ入ってこようとする、そんな変わったわんちゃんです。
別に病院でおやつなどをあげたことがあるわけでもなく、思い返してみても、痛い目にしかあわせたことしかないように思うのですが、採血をしながらでも尻尾を振り続けることができる、素敵なわんちゃんです。
その後何度か異物を飲み込んでは夜中に担ぎ込まれてきたのですが、それ以前に肝性脳症という大きな病気を持っていました。
ですから、元気そうに見えても、体重は2kgもなく、とても線の細い子でした。
うちに来たときはもう一歳を過ぎており、肝性脳症の治療は、主治医の先生のもとで飲み薬で行っていたそうです。
以前にもひとりごとの「肝性脳症」で触れましたが、命に関わる病気であり、リスクを伴う手術を選択するか、薬でコントロールできるとこまで頑張るという方法を選択するかを決めなければいけません。
手術はリスクを伴う代わりに完治が期待でき、生後5,6ヶ月くらいの早い次期に手術をすれば再発率は少ないのです。
逆に薬は完治はできませんが、手術のリスクはなく、その代わり年をとればとるほど手術のリスクと再発のリスクが高くなってしまいます。
また薬でのコントロールはいつかできなくなってしまう日が来るのです。
はなちゃんの飼い主さんは主治医の先生の下で、薬でのコントロールを選択しずっと頑張ってきていました。
しかしあるとき薬でのコントロールができなくなり、深夜に痙攣で担ぎ込まれてきました。
しばらく入院の後、どうにか薬でのコントロールに戻ることができたのですが、深夜の緊急があまりに多いので、うちの病院にそのまま移ってこられました。
そのあと2年間はどうにか薬でごまかしごまかし来たのですが、とうとう去年の11月くらいから、薬ではコントロールしきれなくなってきました。
薬だけではコントロールできず、点滴をすれば嘔吐が止まるが腹水が溜まる。
日に日に体重は減り、弱っていきながらも、病院に来れば、一生懸命尻尾を振って、撫でろとせがむ姿に、涙がこぼれそうになりました。
薬でコントロールできなくなった子を手術しても、成功率は低く、手術のリスクと再発率も非常に高い。
それでも飼い主さんは最後の賭けに出ました。
いちかばちかの手術を選択したのです。
毎回手術は緊張しますし、患者さんごとに手術のやる気の違いなどないはずなのですが、さすがにこの手術は胃が痛くなる思いでした。
自分で言うのもなんですが、はなちゃんは家族以外では多分私のことが一番好きです(と私は勝手に思っています)。
どんなに痛い処置をしても、その直後には尻尾を振って、走りよって来る極稀な患者さんが、もし自分の執刀がきっかけでいなくなったらと思うと、本当に怖かったのです。
別に患者さんによっては手術にストレスを感じないということはないのですが、私も人の子、やはりこのときだけは、いつもとは違う緊張に襲われました。
いっそ緊急手術などだったら、そんなことを考えるゆとりもないのかもしれませんが、手術の日を決め、その日に向かって、ちょっとでも手術の成功率を上げるための、内科療法をしながら手術を待っていると、もうすごいストレスが毎晩襲ってくるのです。
術前は飼い主さんと「万一死ぬにしても、苦しんで死ぬより、麻酔中に眠ったまま死ねるほうが良いかも」なんていっていたのですが、人間というのはなかなか欲なものです。
どうにか手術が終わると、「せめて何か一口でも食べてくれたら」という会話に変わりました。
数日後初めてバナナを一口食べてくれたら「どうにか生きて退院できると良いなー」なんて会話に。
で、元気になって退院したら「一月でも生きてくれたら・・・」。
一月経ったら「1年だけでも再発しないでくれたら」。
そしてとうとうもうすぐ一年経とうとしています。
今のところ安定しており、再発の気配はありません(まだ先のことはわかりませんが)。
あきらめきれず、そしてあきらめなかった飼い主さんは、いちかばちかの勝負に勝ったのです。
今でも元気に尻尾を振りながら、病院にやってきます。
今でもおしっこを漏らしながら、撫でてくれと走りよってきます。
あんな大手術をし、そのあとも何度も血液検査をし、注射をし、それでも何か勘違いしたようにうれしそうに来てくれます。
患者さんを差別してはいけないこの職業ですし、あまり感情移入しすぎてもいけない職業でもありますが、それでも愛さずにはいられない はなちゃん。
もし犬に生まれ変わることがあったら、はなちゃんのような性格の犬に生まれ変わりたいです。
誰もを愛し、誰にでも愛されるわんちゃん。
もって生まれた性格もあるのでしょうが、あの性格はきっと幸せに違いないと思うのです。
誰もを愛するはなちゃんですが、たぶん はなちゃんランキング4位以内には、私が入っているような気がします。
はなちゃんの言葉はわからないですが、ひょっとしたらもうちょっと上位に食い込んでいるかもしれません。
まあでも、3位まではご家族に譲りましょう。
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