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アレス動物医療センター

リンちゃんの戦い

 夜間救急診療をやっていると、やたらとやってくるのが、交通事故、異物誤飲、中毒です。
 これは助けてあげられないことも多く、それを見送る飼い主さんの姿も含め、結構つらい疾患です。

 今月ミニチュアピンシャーのリンちゃんという患者さんが、中毒で担ぎこまれてきました。
 
 担ぎこまれてきたといっても、本人はいたって元気で、連れてきたお父さんも特に深刻な面持ちで来たわけではなく、それを飲み込んでも特に症状があったわけでもないから、のんびり様子を見ていたら、奥さんに病院に連れて行けとせっつかれて、なんとなくやってきたというところでした。

 飲み込んだものは人間の解熱鎮痛薬。
 風邪薬や痛み止めに入っている類の薬です。
 しかもかなりの量。
 体重から計算すると死に至ってもまったくおかしくない量でした。

 スタッフはあわてて処置を始め、お父さんに死ぬかもしれないとのことを説明します。
 
 ところがこれがなかなかうまく伝わらない。
 何せ、元気に尻尾を振りながら、はちゃはちゃはちゃはちゃ動き回っているものですから、お父さんとしては『また、おおげさな事言って〜』という感じです。

 「中毒といっても、口にしてすぐ数時間で症状が出るわけじゃないんです。症状が出るのは次の日や、2,3日後というのも多いんです。」
 状況の厳しさを伝えようと説明するのですが、お父さんはうなづきながらもやはりどこか緊迫感のない表情のまま。

 それでもどうにかある程度の(?)理解が得られたのか、入院治療の同意を得ることができ、リンちゃんの長い長い闘病生活が始まりました。

 翌日からリンちゃんの下痢と嘔吐が始まりました。
 下痢も真っ黒の血便で、胃か小腸あたりから出血が始まっていることを示していました。
 元気は相変わらず有り余っており、狭いケージの中を所狭しと動き回って、しょっちゅう点滴が止まります。
 食欲もあり、いつも食べていたドックフードも、医療食も、与えればなんだって食べてくれます。
 食べてくれるのですが、全部吐き出してしまうのです。

 この元気と食欲は有り余っているのに、下痢と嘔吐がとまらないという状況が、ここから延々と続きます。
 
 お父さんは毎日面会に来るのですが、やはりその元気な姿が裏目に出ているのか、いまひとつ危機感が伝わりきってないようで、元気に帰ってくることを微塵も疑っていない様子でした。

 右手の血管に点滴用の管を入れて4日目、96時間ぶっ通しで点滴をしても、下痢も嘔吐もとまらず、血管の管も限界に来て一度外すことになりました。
 
 本当はすぐさま逆の手に管を入れて点滴を再開してもよかったのですが、一度おうちに帰ってもらい、翌日の状況しだいで再入院するかどうかを決めるということにしました。

 理由は、 家でならもしかして吐かないのでは、という期待(しかし、これはそれほど期待できるものではありませんでした)。
 そして一番の理由は、飼い主さんに4日もの間治療し続けてもまったく改善しない危機的状況を、実際に吐いて、下痢してという症状を見て、きちんと理解してほしかったから、というところでした。

 わずかな期待はあっさり裏切られて、やはり自宅でも下痢と嘔吐は続き、翌日再入院となりました。
 
 左手の血管に管を入れてまた延々と点滴が続きます。
 リンちゃんは相変わらず元気にくるくる回っています。
 ただ、さすがにお母さんのほうは、状況のまずさを理解し始め、面会に来る面持ちが厳しくなってきました。

 さらに4日たち左手の管が限界に来て、これを外さなければいけない時期が来ても、やはり何を食べても吐き出してしまうという状況は変わりません。
 元気ですが、体重は見る見る減っていき、たった1週間で体重は5.5kgから4.5kgまで減ってしまいました。
 人間で言うと体重55kgの人が1週間で45kgになったということであり、このあたりから本当に厳しい、むしろ助かる可能性のほうが低いと思いはじめました。

 ところが、お父さんにそれを伝えても、やはりいまひとつピンと来てない表情で。
 笑顔で、リンちゃんの面会へやってくるのです。

 悲壮感に浸ってもしょうがないのですが、さすがに心配になってきて、お母さんに一度
「もう本当に、けっこうやばいと思うんだけど、お父さん、理解しているのかな?」
と聞いてみたところ 

 「たぶん理解できないんじゃなくて、理解したくないんだと思います。
 一番お父さんがかわいがっていて、しかもそのお父さんの薬が原因で起きた中毒だから・・・」と

 ああ、なるほど、そういうこともあるのか、となんとなく納得してしまいました。
 いくらなんでも1週間以上下痢と嘔吐が続き、飲まず食わずの状況が続いていれば、一般の方だって、相当まずいということくらいはわかるはず。
 お父さんは信じたくない気持ちで、必死にそれと戦っていたのかもしれません。

 右の手の管を使い、左の手の管を使い、首の血管まで使い、もう一回手の管に戻って・・・といつ終わるともわからない治療が2週間たったあたりで、お父さんはさすがに青ざめた顔でおっしゃいました。
「今ついてる管が使えなくなった時点で、吐くのがとまらなかったら、つれて帰ろうかと思う」と

 よく2週間も、この言葉を口にせずにこれたなと、心から感心しました。
 別に飼い主さんは見捨てたいわけなどなく、治るという確証があるなら、いつまでだって治療を受けさせてあげたいと思っているはずです。

 ただ、病院で家族に見守られずに死んでいくのではという恐怖と、でも治療をやめるのはかわいそうという葛藤で、きっとこの2週間苦しみぬいてきたんだと思います。

 普通はこのセリフが飼い主さんから出てくるのは、入院して4,5日目くらいです。
 
 それをここまで口にせずにこられたのは、飼い主さんの辛抱と、リンちゃんの闘病中とは思えない(概観上だけの)元気さの賜物だったのだと思います。

 今そのリンちゃんは・・・というと
 実は元気です。

 お父さんが治療の終了を口にした日から、流動食だけどうにか吐き出さずに飲むことができるようになり(身の危険を感じたのでしょうか)、今は通院治療になっているのです。
 下痢はまだ続いていますが、血は混ざらなくなり、今日あたりから固形食も少しずつチャレンジする予定です。

 私の獣医師人生で2週間も症状が改善しなかったのに、復活を遂げた中毒の子は初めてです。
 お父さんだけでなく、私もおそらく無理なのでは、と心のどこかで思っていましたし、お父さんが治療を終了しようと口にしたときも、まったく反対しませんでした。

 リンちゃんに教えられた思いです。
 2週間もの間改善しなくても、ちゃんと復活することはあるんだと
 そして、せめて獣医師くらいは、あきらめずに信じ続けていなければいけないのだと

 まだまだいろんな面で修行が足りないなぁと、考えさせられる症例でした。
 ・・・あ、オチがないですね。


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