前にもひとりごとに書いたかもしれませんが、私は無駄にしゃべりたおす獣医です。
今も相変わらず、しゃべり続けています。
こればかりは私のスタイルというか、性分なので、生涯やめることはできないようです。
大阪で修行していたときにも、ときどき診察時間が長すぎると、師匠に怒られたものです。
日ごろからおしゃべりなのかというと、そうでもなく、かなり人見知りの激しい体質なので、プライベートの私はどちらかというと無口な方です(仕事の反動かもしれませんが)。
ただ、診察中はとにかく、思いついたことをしゃべりきらないと、満足できない体質のようです。
ただ、私はその飼い主さんとの会話が、もっとも診療で大事なことだと思っているのです。
ショッピングモールの中で動物病院をやっていると、患者さんはかなり広範囲からこられます。
夜間救急に際しては、となりの県からこられる方も珍しくありません。
あるとき飼ったばかりの小さい仔犬を連れた患者さんが、診察室でおっしゃいました。
「前かっていた犬は、今まで通っていた動物病院に殺された」と
別に病院に罵声を浴びせるように、というわけではなく、悲しみと後悔を胸に秘めたような、とても静かで重い口調で話されました。
あまりに衝撃的な言葉だったので、「何があったのですか?」とたずねると、飼い主さんはことの顛末を話してくれました。
高齢になった男の子の犬がおしっこが出にくくなって病院に行った。
病院では前立腺肥大だから、手術をすれば治るといった。
ところが手術をしてもおしっこは治るどころかさらに出にくくなっていき、とうとう手術から2週間くらいでお亡くなりになってしまった。
動物病院に理由を聞いたら「前立腺癌だったのかも知れない」と言われた。
その飼い主さんのお話をまとめるとこんな感じでした。
このお話を聞いたときに思ったのが、インフォームドコンセントが不足すると、飼い主さんに大きな心の傷を残してしまうのだということでした。
診断や治療の流れ自体はそんなに大きな問題はないと思うのです。
去勢手術をしていない高齢の雄犬が尿の問題で病院に来る場合、前立腺肥大のことが非常に多いです。
レントゲンやエコー、血液検査、直腸検査の結果、膀胱炎や腎疾患、膀胱結石などの可能性が低いとなると、前立腺肥大の可能性が第一に浮上します。
前立腺が大きくなっている場合、その大半が去勢手術をしていないことから起こるホルモンの問題で、これは去勢手術をすれば治ります。
ただ、それに隠れて、前立腺癌や前立腺膿瘍という、命に関わる怖い病気のことがあるのです。
ホルモンの問題から起こる前立腺肥大に比べると、圧倒的に数は少ないのですが、年にうちの病院でも2,3人は見かけます。
エコーや直腸検査で前立腺膿瘍であることは術前にわかることが多いのですが、前立腺癌に関しては100%手術前に確定できるとは限らず(病院の設備などにもよりますし)、手術をしてみて結果をみないと判らないことも確かにあるのです。
ですから、私もこの患者さんが来たら、きっと去勢手術を勧めていたと思いますし、実際に行った内容や、飼い主さんに出す薬に大差はなかったと思うのです。
しかし、おそらく飼い主さんへの説明が足りなかったのではないかと思うのです。
「レントゲンや直腸検査の結果前立腺が大きくなっているせいで尿が出にくくなっているという可能性が高いです。
この原因の多く=90%以上は去勢手術で治るものですが、まれに前立腺癌や前立腺膿瘍など命に関わる病気もありえます。
検査での所見では去勢手術で治る前立腺肥大の可能性が高いと思うのですが、手術をして2週間経っても症状が改善せず、レントゲンをとっても前立腺が小さくならない場合、前立腺癌などの可能性が高くなり、しかも前立腺癌だと完治は困難です。
前立腺癌の場合などはいつ発症したかにもよりますが、場合によっては手術をしても1月持たないこともあります。
手術の結果助けて上げられない病気の可能性も0ではありませんが、90%の確率にかけてみませんか?」
多分私だったらこのような話に手術の危険性などの話を交えながら、相当時間をかけてだらだらやっているところでしょう。
結果でもやることは一緒じゃん。と言われるかもしれませんが、でも私にとってはこの作業がもっとも治療で大事な部分だと思うのです。
悪い病気の可能性や、手術の危険性の話をすると、迷惑そうに顔をしかめる飼い主さんもいますが、
「この子にとっては命に関わる大事な話しだから、耳をふさぎたい内容かもしれないけど、この子の親として、しっかり聞いて、受け入れてあげてください」と諭してでも、話し続けます。
絶対治ると信じていたものが治らなかったときの絶望は、想像を絶するものでしょう。
そのときの喪失感は、ペットロス症候群につながりかねない大きな傷となるでしょう。
2週間後に治ったときに
「元気になってよかったですねー。飼い主さんが手術を決心してくれて、この子が頑張ったおかげですね」と笑顔で言えるのがもちろんベストです。
しかし、悪い結果が出てしまったときに、飼い主さんにある程度の心の準備をさせておいてあげるために、
そしてそのときに、そのまま完全にあきらめてしまうのではなく、少しでもスムーズに、苦痛を和らげる治療を飼い主さんが移行できるように、
獣医師は常に最悪の事態を想定し、それに対する対策を事前に用意しておく必要があると思うのです。
この職業について9年くらいになりますが、もちろん助けてあげられなかった子たちもたくさんいます。
すごく不謹慎な話ですが、動物がお亡くなりになったあとに、また新しく動物を飼い、またうちの病院にきてくれる。
実は結構うれしかったりします(本当に不謹慎ですね)。
ただ、自分の診療で飼い主さんは納得してくれた。
飼い主さんが死をのりこえてくれた。
そう思うと、私の長いおしゃべりも、あながち無駄ではなかったのかもと思えるのです。
もし長い話が嫌いな患者さんは、診療前に言ってくださいね。
がんばって30分の診療を、29分くらいに短縮してお話します。
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