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アレス動物医療センター

シーターのつつじ



 私も毎週火曜日にお休みをもらえるようになり、、3年ぶりに実家に帰りました。
 シーターのつつじに久しぶりに挨拶をすることができました。

 シーターというのは私が子供のころ飼っていたシェットランドシープドッグの名前です。
 よく吠える犬で、ご近所さんにはずいぶんご迷惑をかけてしまった犬ですが、私にとっては獣医師を志すきっかけとなった一番思い出深いペットです。

 親馬鹿と言われるかもしれませんが、とても優しい瞳をした、人間臭い犬でした。

 「お手」というと、迷惑そうにちょっと横を向きながら、しょうがなく手を出していました。
 学校での出来事などを愚痴っていると、興味のなさそうな顔で聞いてくれました。
 撫でているとすぐにひっくり返り、尻尾が千切れるのではというくらい振りつづけました。
 便をしているのを見られるのが嫌いで、散歩中に頑張っているところを見ていると、「何で見るんだよー」という悲しげな目で、頑張りながらこちらに背を向け、何度もチラチラと振り返りながら、遠慮がちに便をしていました(そしてその姿がかわいくて、ついついじっと見てしまいました:(注)変な趣味があるわけではありません)。
 
 生後2,3か月でうちに来たときは、私はまだ4歳くらいで、一緒に育った弟のような存在でした。
 10歳を過ぎたあたりで急に毛に白いものが混じりはじめ、いつのまにか年が追い越されていました。
 
 納屋で飼われていたのですが、そこから裏庭(というほど大きい庭ではなく、家と平垣の間の通路状の庭)へ、扉を開けると自由に行き来できるようになってました。
 いつも裏庭を走り回っていたシーターも年々走る量が減り、それでも学校の行き帰りには少しでも見えるところ、少しでも撫でてもらえる場所をと裏庭を右往左往していました。
 
 日ごろは納屋にずっといるのですが、裏庭の中で一箇所お気に入りの場所がありました。
 そこは居間と壁越しの狭い場所で、木が植えてあり、あまりゆったりできるような場所ではなかったのですが、納屋以外にいるのは、いつもそこでした。
 家族が居間で一家団欒をしていると、いつのまにかその場所に陣取っていました。
 居間での私たちの会話を聞いていたのか、そこで寝転がってのんびりしていると、家族と一緒にいるように思えたのかもしれません。

 そんなシーターもとうとうもう命が尽きようという日が来てしまいました。
 あれだけ元気に走り回っていたのに、ふらふらと立ち上がってはすぐに倒れこんで、荒い息遣いで横たわってしまう日が来てしまったのです。
 
 雨も降る寒い日だったので、納屋にいれば良いものを、ふらふらと歩いては1メートルほどで倒れ、また立ち上がってはふらふらと歩きと、何度納屋に連れ戻しても裏庭に出て行こうとしたのです。
 もしかしたら意識もはっきりしていなかったのかもしれませんが、もうおそらく今日までだろうと、家族で相談して自由にさせてあげることにしました。

 しばらくのち、彼がよろめきながらたどり着いたのは、いつもの居間の壁際でした。
 
 よく猫は死を悟ったときに姿をくらますなんていいますが、あの子は少しでも家族のそばで過ごすことを選んだのかもしれません。
 居間の窓から覗きこむと、荒い息で壁に寄りかかり、それでも聞き耳を立てるかのように耳だけはぴくぴくと動いていました。

 そしてその日のうちに、天に召されてしまいました。

 今でもあれが本当にあのこの寿命だったのかと思うことがあります。
 自分にもっと知識があれば、何かしてあげられたのではないかと、繰り返し思います。
 もっと長く一緒にいてあげられたのではないかと。
 
 おそらくシーターの死が、明確に獣医師を志すきっかけになったのだと思います。
 獣医師になって、動物を飼ったときには、もう湯水のようにお金を使って、思いつく限りの検査、治療で少しでも長い人生をと、子供心に思ったのを覚えています。

 今のようにちゃんとした動物用の葬儀場もなく、庭に埋め、その上につつじの木を植えました。
 春になると、毎年きれいな白と赤の花が咲きます。

 獣医科大学に通うために神奈川に引っ越したあとも、青森に引っ越したあとも、大阪に引っ越したあとも、いつも里帰りをするとシーターのつつじに声をかけます。

 ただいま。
 元気?と。
 そっとつつじを撫でてみます。
 
 そして、そのつど近況を報告します。
 とうとう獣医師になったよ。
 富山で開業することになったよ。と

 もちろん返事もなければ、尻尾も振りません。
 単なる自己満足です。

 3年ぶりに帰って近況を報告してきました。
 「今年も浮いた話一つなかったよ」と。
 興味のなさそうな顔で話を聞いてくれているシーターの顔が思い浮かびました。


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