先日うちの伯母がこの世を去り、ほかのスタッフに半日任せて葬儀に参列させてもらいました。
交通事故によるあまりに突然の死で、まだ60台半ばでした。
伯母の家が実家に近く、またその家の子供たち(いとこですね)とも年が近かったこともあり、小さいころはよく遊びに行って、いろいろと面倒を見てくれました。
父の兄(伯父)のお嫁さんですから、直接血のつながりはなかったのですが、いつもニコニコ笑って、怒った顔を思い出せない、そんな人の良い伯母でした。
交通事故とは思えないくらい、本当に安らかな表情で棺に入っており、ただ花に囲まれて眠っているようにしか見えませんでした。
私が中学生くらいのころ金沢の方に引越しされて、最後にお会いしたのが私が高校生のころだったと思いますので、もう十年以上お会いしてなかったのですが、面影が残るというより、最後にお会いしたままという印象でした。
伯父はいつも酔っ払っているような(酔っ払ってるわけではないのですが)、調子の良い人で、いつも明るい、気の良いおっさんという感じの人です。
この病院を開業したときも、わざわざ病院まで足を運んでくれて、待合室にいた若い女性の患者さんに、「おねーさん、こいつまだ一人身なんだけど、誰か良いヒトいないかねー」なんて、話しかけて困らせていました。
今にして思えば、あの時無理をしてでも、ご挨拶に伺っていれば、多少は社会人らしくなった姿をお見せできたのかもと、悔やまれて仕方がありません。
なんとなく、うちの身内だけは交通事故などにはあわないような、何の根拠もない安心があり、いつか何かの機会でお会いできるだろうと思い込んでいたのでしょう。
葬儀に駆けつけると、伯父がいつもの調子で
「おぉ、忙しいやろうにすまんなぁ。病院のほうはいいんか?」と、こちらのことを気遣い、他の参列者にも、涙を拭きながらも笑顔で対応していました。
私ですら、あまりに突然の知らせに気持ちの整理もつかないままでの参列でしたから、伯父の心中いかばかりかと思いますが、それでも気丈に葬儀を取り仕切っておりました。
葬儀はつつがなく進み、棺に次々と花が添えられ、最後の別れが近づいてきます。
たくさんの参列者が、次々と花で棺を埋め、最後に伯父が花を差し伸べる瞬間、静まり返っていた式場に叫びにも似た大きな声が響きました。
「ありがとう」
崩れ落ちるように伯母の遺体にすがりつき、しぼりだすような声で叫んだ言葉は確かに「ありがとう」でした。
ずっと冷静を装って、気丈に振舞い続けていた伯父の唯一取り乱したその姿と、その言葉は今も胸が苦しくなるくらい印象に残っています。
あまりに突然に、あまりに早く逝ってしまった伯母に対する言葉は、何の前触れもなく先立ってしまったことに対する不満の言葉でもなく、長い間苦労をかけたことに対する謝罪の言葉でもなく、感謝の言葉だったのです。
死に美しいも汚いもありませんし、どんなことがあっても、こんなに早く死んで良いはずはもちろんありません。
ただ、最後に感謝の言葉を言わせた伯母にも、最後に感謝の言葉を叫んだ伯父にも、尊敬の念は禁じえません。
このような仕事をしている以上、多くの死を見、多くの残されたご家族を見ていかなければいけないでしょう。
それは先送りにすることはできても、いつかは必ず訪れる避けようのないことです。
もちろん初めからずっと、死について考え続けながら、動物を飼う必要などはないでしょうが、できれば、少しでも多くの残された家族に、「ありがとう」と見送ってあげられるように、少しでも出来ることを探していきたいと思うのです。
「早すぎるよ!」でも「ごめんね!」でもなく「ありがとう」といって見送れる環境を。
そしていつか(そうとう先のはずなのですが)、私がこの世を去るときに、誰か一人にでも「ありがとう」といって見送ってもらえるような、そんな人間になりたいものです。
「ひいおじいちゃん、ようやく逝ってくれた!長かったー!よかったー!!」
って言われながら逝くというのも、ちょっと魅力は感じますが・・・。
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