ウサギやハムスターの患者さんの中で、名前をつけてもらえずに飼われている子達がいます。
         彼らは、一生名前を呼ばれることなく、死んでいくのでしょうか?
        
         日ごろ診療をしていると、いろんな名前の動物たちに出会います。
         「モモちゃん」「ナナちゃん」「チビちゃん」などオーソドックスなものから、「豆太郎ちゃん」「CHA太郎ちゃん」「ブラ・レーベルちゃん」など何らかの思いがあってつけられたものまでさまざまです。
         お預かりをしているうさぎさんたちの中にも「フネさん」とか「ウーちゃん」と名前を呼ぶと、何らかのご褒美を期待してか、小屋から飛び出してくる子達もいます。
        
         そんな中、名前をつけられずに飼われている子達もいるのです。
         
         もうずいぶん前になりますが、4歳くらいのうさぎさんが食欲不振を主訴として来院し、検査の結果命に関わる子宮疾患があると診断されました。
         飼い主さんに手術の費用、手術の危険性を説明し、それでも手術をしないとこのままが死してしまうということをお伝えしました。
         「今ならまだ間に合う、今でなきゃもう間に合わない」と一生懸命飼い主さんを説得したのですが、とうとう手術を許可してはもらえませんでした。
         
         まれに8歳くらいのうさぎさんで「もう年だから、このまま逝かせてあげたい」と断られたことは、何度かありましたが、こちらの理由はちょっと違っていました。
        
         飼い主さんである老夫婦いわく、次のような話でした。
        「この子は息子が買ったウサギで、仕事の都合で、こっち(富山)においていっただけで、私たちは好きで飼っているわけではないのです。
         ただご飯を食べずに弱っていくのが見るに絶えず、痛みや苦しみだけでも消してあげてもらえませんか。」
         
         私はどうしてもあきらめきれず、説得を続けました。
        「この子から痛みをとってあげるためには、この子宮をとってあげるしかないのです。
         薬でどうこう出来る病気ではないのです。
         子宮疾患に気づかれることもなく、たくさんのうさぎさんたちが4歳くらいでお亡くなりになっていく中、この子は幸いこんなに早く子宮疾患が発見されたんです。
         この大きな試練は、この子が本来の寿命をまっとうできる可能性を秘めた、大きなチャンスでもあるんです。
         今手術をして、元気になってくれれば、あと4年、もしかしたら6年とか8年とか生きてくれるかもしれません。
         治せない病気じゃないんです。」と
        
         しかし飼い主さんは
        「どうせもう長生きしても4、5年くらいしかもたないんでしょ?
         そもそも私たち夫婦は動物があまり好きじゃないんです。
         息子も痛い思いもさせたくないから、もういいだろうといってるのです。
         名前も付けてないくらいですから・・・」
        
         私はそこまで言われて、この飼い主さんがはじめから、まったく手術をする気がないということに気づきました。
         
         ウサギにとっての5年は人間にとっては30年に匹敵する長さなんです。
         息子さんが40歳でがんが見つかって、手術すればあと30年は生きられる、という手術があっても、痛みを与えるのはかわいそうだからと放置するんですか?
         と、最後にもう一粘り食い下がってみましたが、結果は変わりませんでした。
        
         それ以来、あの名前をつけてもらえずに生きてきたうさぎさんにも、その飼い主さんにも会っていません。
        
         もうあれから半年以上経ちましたが、名前をつけられずに飼っているという動物たちが病院に来るたびに、そのことを思い出します。
        
         まだまだうさぎの世界では発見できても治せない病気がたくさんあって、どんなに手を尽くしても助けてあげられない子もたくさんいて、そのたびに自分の無力さに耐えがたい苦痛を感じます。
         
         しかし、本当は治せる可能性が十分にある病気を目の前にし、指をくわえて黙って見送ることしかできない状況に直面したときも、どうしようもない無力感にさいなまれてしまいます。
        
         手術が出来るだけではだめ、病気を治せるのは獣医師として当たり前、そうではなく、いかに飼い主さんに治療や手術をする気持ちにもっていけるかが、獣医師としてももうひとつの大事な技術なのかもしれません。
        
         あの名もないうさぎさんは私の力不足と、飼い主さんの愛情不足で死へと導かれました。
         
         名前がつけられないことが、そく愛情不足とは限らないとは思います。
         しかしその子を家に迎え入れ、その子の名前を決めるために頭を使い、あるいは家族と話し合い、そんな時間を動物のためにちょっと使う。
         それくらいしてあげても良いじゃないですか。
         ケージに向かって、名前を呼ぶ機会が、たまにでもあって良いじゃないですか。
         名前も呼んでもらえず、一生ケージで生きていくうさぎは、どんな思いで死んでいくのでしょう。
        
         名前をつけるなんて、単なる自己満足という人もいますが、良いじゃないですか。
         「ウーちゃん」「ウー吉」「うさ子」大いに結構。
        
         でも名前をつけるときは、病院で大きい声で名前を呼ばれても、赤面しなくてすむ名前をつけてあげてください。
         呼ばれて恥ずかしい名前は、呼ぶほうも恥ずかしいのです。
〒933-0813
        富山県高岡市下伏間江371
TEL 0766-25-2586
        FAX 0766-25-2584