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アレス動物医療センター

ソチちゃんの背骨

2023/3/9

 うちの病院にはソチちゃんという猫がいます。
 もうすぐ9歳になるソチちゃんは生後1月にも満たない時期に背骨が折れて、下半身不随です。
 歩くことはもちろん、自力で排尿することもできないので、うちのスタッフが毎日圧迫排尿をしてあげないと生きてはいけません。
 撫でられることが大好きで、スタッフも皆ソチちゃんを撫でることが大好きです。
 今日も餌を求めて前足で病院内を駆け抜けていきます。

 他の動物病院さんからの紹介ということで、先日10歳のウサギが両足が動かないと当院にやってきました。
 2階のベランダから落下したとのことで、レントゲンを撮ったところ背骨が骨折していました。
 うさぎには非常に多い事故です。

 飼い主さんには次のように説明しました。

 背骨が折れてしまうと自力で排尿はできないので、将来的には飼い主さんに圧迫排尿を練習して覚えてもらう必要があります。
 いずれは前足だけで動くようになるかもしれませんが、基本的には生涯介護が必要です。
 また、多くのうさぎさんが骨折後1週間を乗り越えることができず、お亡くなりになることも珍しくありません。
 生き残る可能性は50%を下回り、年齢を考えると30%程度の可能性かもしれません。
 最後まで付き添ってあげる覚悟があるのであれば、軌道に乗るまで入院治療をすることになりますが、10日くらいの入院になると、もしかしたら治療費も10万近くになってしまうかもしれません。
 コスト的に厳しいようでしたら、自宅で流動食を頑張ってもらう必要がありますが、毎日通院で治療するという手段もあります。

 ざっとこんな感じの説明です。

 うさぎを連れてきた若い女性とおそらくそのお母さんと思われる方は、ちょっと考えさせてくださいとおっしゃいました。

 しばらくして結論が出たからと呼び戻された時には診察室にはお母さんだけが立っており、『もう年だし、痛いのはかわいそうだし…殺してください』と

 「それは安楽死のことをおっしゃっているのですか?」と聞くと『そうだ』と

 「治療をするか、しないかは飼い主さんの価値観で決めていただいて結構ですが、30%助かる可能性がある以上、僕にはこの子を殺すことはできません。」とお答えしました。

 『でも年だし!』と食い下がってこられましたが、
 
 「うさぎの10歳は人間でいうと、74歳です。
 飼い主さんがそれをどう思われるかは自由ですが、僕の母が80歳、父は82歳です。
 僕には76歳が『年だから』という理由であきらめる気持ちにはなれません。
 飼い主さんが年を理由に治療をしないということを止める気はありませんし、連れて帰ると言われたらわかりましたとお答えしますが、だからと言って僕に「殺せ」というのは違うと思います。」

 『でも痛いのはかわいそうだし』
 「うちには背骨が折れてもうすぐ9歳になる猫がいます。 
 もちろん折れてからの数カ月はとても痛そうでしたが、今は元気に過ごしています。
 だから治療をするのが正しい、と言っているわけではありません。
 それをよいと感じるか、かわいそうかと感じるかは人それぞれです。
 その価値観を押し付けようとは思いません。
 ただ殺してくれと言われるのは、そちらの価値観の押し付けです。」

 『でも年だし!』
 「10歳を歳と感じるのは自由です。
 それを間違っているとも言いません。
 ただ僕たちは動物を助けるためにこの仕事をしています。
 助かるかもしれない命を殺すためにこの仕事をしているわけではありません。
 くどいようですが、治療をしないという選択肢を悪いとは思いません。
 ただ治療をしない、見ているのはかわいそう、だから僕に殺してくれ、と言われても、それは安楽死ではなく『処分』です。」

 このあたりから平行線です。
 何往復か同じ会話のラリーを繰り返した後、『もういい!』と吐き捨てるように診察室を出て行かれました。

 背骨が折れたソチを圧迫排尿しながら生かしているのを美談とは思っていません。
 9年たった今も、この判断が正しいのかよくわからなくなる瞬間もあります。
 ただ、さんざん悩んだ結果生かす道を選んだ以上は、その決断に対する責任をとらなければいけないと思っています。

 先の飼い主さんの「治療をしない」という選択を責めるつもりはこれっぽっちもありません。
 10歳を「歳」と思うのも自由ですし、生きているほうがかわいそうと思うのも自由です。
 ただその選択をする以上は、それに伴う心の辛さはご自身が負うべきだと思っています。
 無理やり生かすのはかわいそう、でも自分の手は汚したくないというのは勝手です。

 もしうちの母が74歳で脊椎骨折して、下半身不随になり、生存率が30%だとお医者さんに言われたとします。
 お医者さんに対して安楽死してくれと言って、その意見が通るでしょうか。
 少なくとも日本では通らないはずです。
 人間で許されないことは、獣医療でも許されないと僕は思っています。


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