本文へスキップ

あなたがウサギに出来ることは 獣医師による うさぎ専門情報サイトです。

MAIL alles@usagi.cn

アレス動物医療センター

近所のうさぎに詳しいおじさん

2021/12/9

 冷静に考えればどちらが正しいかは簡単にわかるはずなのに、人間ついつい自分の願望が冷静さを見失わせてしまうことがあるのです。

 以前より消化管うっ滞を繰り返して来院していたうさぎさんが、また食欲がなくなり、お腹を痛そうにうずくまってやってきました。
 もともとあまり牧草が好きでないうえに、えん麦やドライフルーツが大好きな、いかにも胃腸の動きがそもそもよくなさそうなうさぎさんです。
 何度も飼い主さんにはえん麦とドライフルーツは止めるようにとお願いしているのですが、飼い主さんはどうせまた点滴をして、いつもの薬をもらえばケロッと良くなるだろうと、僕のお説教は右から左、ふんふん分かりましたと言いながら、いかにも理解していない表情で帰っていきました。

 なまじ毎回治療でよくなる分、飼い主さんには危機感が生まれにくかったのかもしれません。
 こんなやり取りをすでに6年くらい繰り返している気がします。

 ところが先日そのうさぎさんがぐったりと横たわって担ぎ込まれてきました。
 昨日の朝までは元気も食欲もあったとのことですが、夕方仕事が終わって帰ったら、朝のペレットが全く食べてなく、ケージの中に便一つ落ちていない。
 飼い主さんはまたいつものうっ滞だろうと病院に向かってくる途中、どんどんうさぎさんの状態が悪化してきて、病院に着いた頃にはぐったりしてしまいました。
 
 急性うっ滞で、かなり危険な状態。
 いつもはキャリーバッグから出てきたくないと身を潜めている子なのに、すんなりキャリーバッグから出されてなすがまま。
 胃はガスでパンパン。
 体温も低下し、本当に危険な状態です。

 さすがにいつも能天気な飼い主さんも真っ青になって、今にも泣きだしそうな表情。
 かなり危険な状態である点、治療中に逝ってしまわれる可能性もある点、今回はいつものようにいくとは限らない点を矢継ぎ早に説明し、すぐに治療を開始しました。

 幸い一命はとりとめましたが、点滴や飲み薬、流動食すべてをやめるのに3週間くらいかかってしまいました。

 まあそれでも3週間で復活できたのだから、それはもう めっけものと考えてもらわなければいけません。

 治療があらかた落ち着いたあたりで、「もしかしてまだえん麦とかドライフルーツあげてたの?」と聞くと
「ドライフルーツはあげてない」と
「ドライフルーツは、ってことは何かあげてたの?」と聞くと
「…えん麦はまだあげていた」と、ばつが悪そうに白状しました。

「あんなにダメって言ったのに、何であげちゃったの」と聞くと、飼い主さんから驚きの発言が

「家の近所にうさぎを何匹も飼っているうさぎに詳しいおじさんがいて、そのおじさんが『ちょっとくらいならいいんじゃない?うちのうさぎたちはえん麦たくさん食べてるけど、なんともないよ』って言ったんです」と

 えぇ〜〜〜〜〜〜!と思うのです。
 まじでぇ〜〜〜〜〜!!と

 驚きです。
 耳を疑います。

 近所のおじさんの「ちょっとくらいならいいんじゃない?」という言葉に対して驚いたわけではありません。
 僕の意見より、近所の「うさぎに詳しいおっさん」の意見を採用したことに驚いたのです。

 いや、冷静に考えれば、わかるでしょう。
 獣医師と、近所のおっさんの意見が真逆だったとして、どちらの意見のほうが正しいか?と考えれば、それは普通獣医師でしょう。
 近所のおっさんの意見を採用します?

 でもその飼い主さんは近所のおっさんのほうの意見を採用したのです。

 冷静に考えれば(考えるまでもなく)、お金払って通っている獣医師の意見のほうが意見はふつう正しいとわかるでしょう。
 ただ多分飼い主さんは【自分に都合の良い意見に同意してくれる意見】を採用したかったのでしょう。
 どちらが正しいかではなく、どちらが自分を肯定してくれるか。
 「えん麦をあげて良い」という意見であれば、獣医師でなくても、何ならうさぎに詳しいおっさんでなくても、何ならペットショップの店員さんでも、はたまたSNSでの書き込みでもよかったのでしょう。

「いやまあ、もともと牧草を山ほど食べてくれる子ならともかく(それでも本当はあげないほうが良いと思うけど)、この子は牧草嫌いだから…。
さらに胃腸の動きが悪くなるようなものあげちゃダメでしょ」と諭すと。
「そうですよね」とがっくりうなだれてしまいました。

「じゃあなんでそんなものお店で売ってるんですか?」
と悲しげな表情で聞いてきたので
「(お店が)儲かるからじゃないんですか?」と答えたら。
ますますしょんぼりしてしまいました。

 いつもは馬耳東風な顔をしていましたが、今回はさすがに懲りたのか、キャリーバッグに入ったうさぎさんに「ごめんね、ごめんね」と何度も声をかけながら帰っていきました。

 僕も仕事でなければ、近所の人と世間話をするときは、多少意見が合わなくても相手が欲している返答を返すことが多いです。
 不誠実なことですが、めんどくさいのでそうしています。
 西に「〇〇ラーメンってちょっとくどくない?」という人がいれば「たしかにくどいですね〜」と答え
 東に「〇〇ラーメンて、コクがあっておいしいよね?」という人がいれば「確かにコクがありますよね」と相槌を打つ(無責任な)
 仕事以外で他人と討論する馬力は持ち合わせていないのです。

 近所のおっさんの意見にせよ、SNSのコメントにせよ、質問者がどんな答えを求めているかは大体わかるもので、それに同意している人が心の底からそう思っているのか、それとも質問者の気持を忖度しているのかはわからないものです(特にSNSでは)。

 とりあえず、近所のうさぎに詳しいおっさんよりは信じてくださいと思うのです。
 気持ちはわかりますが、獣医師だってそれなりに傷つくのです。 


アレス動物医療センター

〒933-0813
富山県高岡市下伏間江371

TEL 0766-25-2586
FAX 0766-25-2584