私は基本ポジティブな方だとは思うのですが、診療においては「メンタルはポジティブに、診療計画はネガティブに」ということを心がけています。
何じゃそら、と思われるかもしれませんが、「これは治療すれば治るかもしれない、いや治療をしても治らないかもしれない」という選択においては、「治るかもしれない」という方向性で考え、診断や治療、手術においては、常に最悪の事態を想定して準備をする、ということです。
先日KOKOちゃん(仮名)というまだ5ヶ月程度の小さいネコさんが来院されました。
5ヶ月とはいえ、猫としては通常成長期も終盤に差し掛かっているにもかかわらず、たった1,2kg程度の小さな小さなネコさんです。
主治医の先生から「横隔膜ヘルニアで、心嚢内に入り込んでいるかもしれない」との診断で、CT,治療のご依頼をいただきました。
横隔膜ヘルニアというのは本来胸とお腹を分けている横隔膜という筋肉の膜(境目)に穴が飽き、肝臓や胃などのお腹の中にあるべき内臓が、胸の中(心臓のすぐ横など)に入り込んでしまう病気で、命に関わる病気です。
しかも心嚢内に入っているかもしれないという話で、これは単に内蔵が胸の中に入り込むだけではなく、心嚢(心臓を包む膜)の中に入り込んでいるという、かなり危険な状態です。
通常の横隔膜ヘルニアはお腹を開いて、胸に入りこんだ臓器をゆっくりお腹の中に戻し、開いている穴をふさぐという手術で、書いてるだけでもなかなか怖い手術ですが、それでも開くのは胸ではなくお腹ですので、まだリスクは低い方です(とはいえ、もちろん危ない手術なのですが)。
しかし心嚢ヘルニアは場合によっては開胸手術になりかねない手術で、そうなるとかなり大掛かりな手術になります。
手術中や術後お亡くなりになるかもしれないが、手術をしなければ生きてはいけない。うまく乗り越えれば普通の寿命を目指すことが出来る。
お腹を開くだけで出来る場合もあるけれど、最悪開胸手術になる。
これを私のスタンスで行くと「手術をすれば生きていけるかも」「ただし、万一に備えて開胸手術の準備も万全にしておかなければ」ということになります。
何ぶん体重が1.2kg程度の小さいネコさんですので、手術の危険性は相当なものです。
飼い主さんが諦めてしまったら、そこで終了というところなのですが、飼い主さんは諦めず、手術をすることを希望されました。
開胸手術に必要な器具を揃え、念のため輸血猫もスタンバイし、その日はスタッフ総出て戦えるように、他の手術の予定は一切入れず、様々なケースでの開胸術に対応できるよう何冊も獣医学書を読みたおし、開胸時の手術の手順を念入りに確認し、いざ手術!です。
オチを言ってしまうと、運よく開胸はしなくてすみ、無事手術を終え、KOKOちゃんは、元気になりました。
食欲も出始め、歩けるようになり、会うたびに体重も増え、無事飼い主さんと主治医の先生にお返しすることができました。
こうしてみると、なんだ開胸の準備やそのために読み倒した獣医学書は無駄になったじゃないかと思われるかもしれませんが、むしろ無駄になってよかったのです。
開腹手術だけで治せれば、それに越したことはないわけですし、この時行った準備は、将来別の患者さんで開胸が必要になる時に、きっと役立つのです。
私達獣医師の仕事は大体こんな感じです。
心配し過ぎじゃない?というくらい入念に準備を行い、無駄ですめばラッキー、無駄になっても後の知識として身になるのです。
このような経験を繰り返して、少しずつ自分やスタッフの出来る仕事の幅は広がり、助かるかもしれない動物の数は増えるのです。
まあ、美談っぽく書きましたが、人間追い詰められないと、なかなか勉強しないよね、というお話です。
日頃から勉強しとけよ、と思わず自分で突っ込みたくなりますが、切羽詰まったときの集中力や吸収力はいわゆる火事場のクソ力というやつで、なかなか馬鹿にはできません。
夏休み終了間際の宿題みたいなもんです。
わかりやすく言うと「ワニシャン」状態です。
え?わかりにくい!?
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