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アレス動物医療センター

うまいもん食って太く短く

2015/5/1

 何年か前に犬を飼っているおじいさんに言われた言葉で、とても印象に残っている言葉があります。

「せんせい、こいつ(犬)はドッグフードみたいなまずそうなもん食って、長生きさせようとは思っとらん。
 ワシとおんなじもん食って、せいぜい太く短く生きるんや。
 それがこいつにとって幸せやと思う」

 まあ、なんて一見男らしい(その実かなりアレな)意見でしょう。

 日頃犬にかぎらず、猫でもうさぎでも「おやつをやめましょう」「おやつをやめましょう」と呪文のように診療で口うるさく説教を垂れている私には、到底納得できる価値観ではありません。
 
 ただ人の価値観は様々で、自分の価値観が必ずしも正しいとは限らないとも思っています。

 私は獣医師という立場がありますので、動物たちの寿命を一年でも、一月でも、一日でも長くすることを生業にしていますから、到底おじいさんの意見に同意するわけにはいきません。
 つまり私の価値観とは真逆です。

 でも、だからといっておじいさんの価値観が間違っている!と決めつけられるのかというと、そうとも思いません。

 その犬はほとんどドッグフードを食べず、おじいさんと同じものを食べて育ってきました。
 パンにケーキにシュークリーム、りんごにおかきに野菜炒め、焼き肉、うどんにスパゲッティ…
 何でも食べます。
 もちろんぶくぶく太ってます。
 関節はぐにゃりと曲がり、4歳にして肝臓の数値は測定不能なくらい高くなっていました。

 おじいさんに
「このままじゃこの子は肝不全で死んじゃうよ。
 さすがにもう人間の食べ物はやめて、ドッグフードにした方がいいんじゃない?」

 とお伝えしたところ、帰ってきたのは最初のセリフです。

 おじいさんは私の言葉に腹を立ててとか、意地になってとか、そういう雰囲気で話されたのではなく、本心からそう思っておっしゃっていたようです。

 2年後その犬は重度の肝不全で息も絶え絶えの状態で病院に連れて来られました。

 検査の結果を伝え、「厳しいかもしれないけど、入院させて治療してみましょう」とお伝えしたところ、おじいさんは考える間もなく次のようにおっしゃいました。

 「センセイ いいんや。
 こいつはうまいもんたらふく食って、これで死ぬんや。
 こうなることはわかっとったし、今更病院に預けるつもりもない。
 薬もいらん。
 どれくらいもつか知りたかっただけや。
 あとは家で見送る。
 大好きな牛丼ならまだ少し食べてくれるから・・・」と

 特に悲しむふうでもなく、自分の飼い方を後悔するふうでもなく、清々しいまでにあっさりとそう言って、おじいさんは犬を連れて帰って行きました。

 この犬は可哀想でしょうか?
 飼い主として無責任なのでしょうか?
 おじいさんは間違っているのでしょうか?

 正直よくわかりません。
 
 私の価値観で言えば「可哀想で」「飼い主としての責任を果たさず」「間違っています」。

 ただ、あくまで私の価値観で言えば、です。

 私にとっての価値観は、いかに動物を健康に過ごさせるか、いかに長生きさせるか、というところに重点が置かれるわけですが、病院で飼っている輸血犬がドッグフードと関節のサプリメント以外、びた一文食べたことがないという食生活を、人によっては「かわいそう」と表現する人もいるでしょう。
 私はあの子と1日でも長くいっしょにいたいと思う価値観なので、私にとってそれは「正しいこと」なのですが、それはやはり人それぞれだと思うのです。

 私は自分の価値観のほうが正しいとも、間違っているとも思いません。
 そういう意味ではおじいさんの価値観を間違っている、と決め付けるのも良くない気がします。
 おじいさんはおじいさんなりの愛情表現で犬を飼ってるのだと思います。
 
 おじいさんはその犬を愛し、おじいさん的には幸せな人生を全うさせてあげたと満足しているのです。

 誤解されてはいけないのですが、おじいさんのように飼っても良いと言っているわけではありません。
 
 そこまで価値観を最期まで貫けるのなら、というお話です。
 
 犬にかぎらず、ウサギや猫でも、人間の食べ物を与えて飼っている飼い主さんはたくさんいます。
 糖尿病、膀胱結石、椎間板ヘルニア、関節炎、毛球症・・・それを原因としてかかる病気は山のようにあります。
 そのほとんどの飼い主さんはいざ病気になった時に「助けてくれ」というのです。

 「治してくれ」
 「痛みをとってやってくれ」
 「歩けるようにしてやってくれ」と

 おじいさんのように、「いやうまいもん食って、これで終わるんや」とブレずに最期まで価値観を貫けるのなら文句は言いませんが、さんざん人間の食べ物を食べさせておいて、「やっぱり助けてやってほしい」とブレブレなことを言うのなら、はじめから与えてはいけません。

 そういう飼い主さんには、めっちゃ説教します。
 私の説教厳しいですよ!

 この仕事を初めて18年位になるでしょうか。
 でも、あそこまで言い切った飼い主さんは、おじいさんただ一人だった気がします。
 あそこまではっきり言われたら、特に食い下がろうとは思いません。
 
 静かに見送るだけです。
 ああ、価値観は人それぞれなんだなぁ、とただ思うだけです。

 でもやっぱり私の価値観とは合わないですけどね。


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