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アレス動物医療センター

そこまで強く言われなかった

 獣医師というのはもちろん正しく病気を診断できなければいけないですし、その病気について詳しい知識を持ってなければいけないですし、当たり前ですが治す方法とその技術を持っていなければいけません。

 当たり前。

 でもこの他にもう一つ必要なスキルがあって、これが「飼い主さんに説明する力」。
 いわゆるインフォームドコンセントの能力だと思うのです。

 これは病気の説明、治療の説明、薬や手術のメリット・デメリットをわかりやすく説明するということはもちろんですが、飼い主さんをいかに戦う気にさせるか、という演出力も含むと思っています。

 「演出」というとちょっと聞こえは悪いですね。
 もちろん嘘を着いたり、脚色したりするのはもっての外なのですが、どんなにきちんと診断ができても、どんなに治療技術が優れていても(言う程でもないですが)、飼い主さんが一緒に戦ってくれる気持ちになってくれなければ、治療はそこで終わってしまうわけです。
 手術や投薬で治せる自信があっても、飼い主さんが治療を同意してくれない場合は、そこでゲームセット。
 何もできず、ただその患者さんが弱っていくのを眺めていることしかできないわけです。
 

 その治療にどんな価値があるか、それにより得られるものがどれほど素晴らしいのか、何も治療をしないとどんな凄惨な終わり方をするのか、話の構成や表情、身振り、手振りあらゆる手段を講じて、飼い主さんに一緒に戦う気持ちになってもらう。
 動物の治療はそこから始まるのです。
 

 人間に比べずっと我慢強く、避妊手術をした晩には普通にごはんを食べる子がいるくらいウサギや犬、猫は痛みに強い生き物です。
 痛みに強いというのは痛くないわけではなく、痛くても我慢できる我慢強さがあるだけで、実際は私達が手術を受けた時と同じくらいの痛みを感じているはずです。
 

 でも、我慢できちゃうからこそ、ついつい病気を見逃しやすいですし、「元気だから」「食欲があるから」とつい様子を見てしまいたくなってしまうのです。
 

 人間の病院だと、実際痛みや苦しみをもっている人自身が患者さんであり、治療の決定権のある人ですが、動物の場合は病気になって苦しんでいる患者さんと、治療をするかどうかの決定権をもつ飼い主さんが別ということが大きな違いです。
 ですから、痛みや苦痛を実感していない飼い主さんに治療の必要性を理解してもらうというのは、意外と難しいものです。
 

 これを理解してもらうためには、ピエロのように、時に笑顔で、時に怒った顔で、時に悲しそうに、時に世間話を交え、なだめ、すかし、一生懸命説明します。
 飼い主さんのリアクションを観察し、何が飼い主さんにとって琴線に触れるのか(コスト面なのか、感情面なのか、あるいは同情的なコメントなのか)静かに観察し、どう説得すれば飼い主さんが治療について来てくれるのかを、必死に考えています。
 

 なんて書くと、すごい獣医さんみたいに見えますが、実際はなかなかうまくいかないことも多いです。
 

 先日こんなことがありました。
 

 あるワンちゃんの皮膚に膿がたまり、それが破裂して来院されました。
 皮膚には小さな穴が空き、怖いことに膿がだらだらと出ていました。
 

 エリザベス・カラーをつけ、抗生剤の飲み薬を出し、傷を洗って、組織の再生を促す薬を傷の奥に入れ、3〜4日毎に病院に処置に通われるようにお伝えしました。
 

 傷の状態にもよるのですが、皮膚の傷が小さく、その奥のポケット(膿がたまっている空洞)が広い場合、理想論としては奥のポケットから順に肉で埋まっていき、最後に皮膚が塞がるのが理想です。
 そうしないと皮膚だけ先にふさがってしまい、外観上は治ったようにみえるのですが、奥の空洞が残ってしまい、再度膿がたまって破裂することが多いからです。
 

 ところが飼い主さんは来られず、やってきたのは最初の処置をした日から2週間も経っていました。
 もちろんお薬もとっくになくなっています。
 来院された理由は「一旦治ったのに再発した」でした。
 

 どうやら一旦きれいに治ったように見え、病院に行くまでもないと判断して様子を見ていたら、また膿がたまって破裂した。
 ということらしいです。
 

 まあよくある事っちゃーよくあることなんですが、なんで言われたとおり再診に来ないんだろう、なんてつい考えてしまいます。
 

 かわいそうなのは何度も破裂という苦痛を味合わされるワンちゃんです。
 正直勝手に治療をやめて、無駄に治療費がかさむ飼い主さんには何の同情もする気にはなりませんが、ワンちゃんに罪はないです。
 

 「前お話したように、こういう場合は3,4日毎に処置していかないと、再発することが多いんですよ。」
 と説教じみたことをつい言ってしまったところ
 

  明らかにむっとした顔で
 「そこまで強く言われなかった。
  もっと強く言ってくれていたら、ちゃんと来たのに!!」と
 

  これは結構ショックですね。
  声には出さなかったですが、内心「まじで!?」と叫んでしまいます。

 
  強くって何!?
  「絶対3日後に来てよ!来ないと絶交だからね!!嘘ついたらハリセンボン飲ますからね!!!」
  とか言わなきゃいけないってことでしょうか。
  それとも「ヤダヤダヤダ!絶対3日後に来てくれなきゃやだ!!」
 とか診察室で駄々こねなければいけないってことでしょうか。

  
 「3〜4日後に再診って言われたら、言われたとおり来いよ!!」と文句の一つも言いたくなるところですが、動物病院もやはり接客業。
 そんなこと言うと、まさに喧嘩になってしまいます。
 「・・・そうですか」としょんぼりして、「次回は3日後に来てくださいね」と泣き寝入りするのでした。

 
 そんなこと言う飼い主さんほんとにいるの!?と思われるかもしれませんが、意外と結構います。
 半年に一回は聞くセリフのような気がします。

 
 これ結構へこむんですよね。
 実際飼い主さんと口論になって、喧嘩別れになっちゃったこともあります。
 そういう日はムカムカして夜も眠れないんですよね(意外と繊細)。

 
 でも意味ないんです、喧嘩しても。
 そもそも動物に罪はないですし。

 
 それに、飼い主さんが別に3日後に再診を受けることがそんなに重要と感じなかったのなら、それはやっぱりインフォームドコンセントの失敗なのかもしれません。
 3日後に再診を受けることの重要性を、飼い主さんに印象づけられなかったわけで、やっぱりそれは説明力不足、演出不足だったのかもしれません。

 
 病気の診断もでき、治療方法もわかっていても、飼い主さんをきちんと誘導してあげられなければ意味が無いと痛切に感じる瞬間です。

 
 難しいですね。
 ほんとにまだまだ修行がたりないです。

 
 どんなに手をつくしても治してあげられない病気もたくさんあり、それはそれでへこむのですが、治せたはずの病気を治してあげられないっていうのも、相当へこみます。

 
 すべての病気が治せるスーパードクターに、とまでは言いませんが、せめて治せる病気は確実に治せる獣医師になりたいですね。



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