最期のお仕事と言っても、別に仕事をやめるわけではなく、とある患者さんに対する診療という意味です。
あゆちゃん(仮名)は高齢のポメラニアンで、肝臓腫瘍で長く闘病生活をされていました。
飼い主さんは厳しい病気であることは百も承知で、ずっと治療に付き合ってくださいました。
片道30分以上かかるであろう距離を、毎週のように通い続け、文句ひとつ言わずこの一年ずっと看病されてきました。
お家の事情などもあるでしょうから、すべての飼い主さんがこのようであるわけではもちろんないのですが、それでもこれだけ親身になってペットと向い合ってらっしゃる飼い主さんは少なく、ほんとうに頭の下がる思いでした。
良い飼い主さんとの出会いは獣医師にとって最も大きな幸せの一つです。
飼い主さんごとに差が出てはいけないとは思いつつも、やはり一生懸命な飼い主さんには、全身全霊を込めて相対さなければという思いがやはり少なからず出てきます。
人間だもの(相田みつ○)。
飼い主さんの看病のかいあって、かなり頑張ってくれたあゆちゃんですが、それでもジリジリと症状は悪化し、診療と並行して、診察室では少しずつ飼い主様がしを受け入れられるよう、インフォームドコンセントの質が変わっていきました。
「すごいですね。」
「よく頑張ってくれてますね。」
という言葉の合間に
「それでも、そろそろ厳しくなってきましたね。」
「心の準備が必要かもしれませんね。」
「本当に欲張ってくれているんですけどね」
と少しずつその瞬間が近づいていることを会話の中で匂わせ始めます。
そしてとうとうその日が来てしまいました。
ある日の深夜、救急ダイヤルに飼い主さんから電話がかかってきました。
幸いその日は夜間手術がなく、電話をすぐとることが出来ました。
「あゆが今息を引き取りました」
飼い主さんはすでに電話の向こうで泣いていらっしゃいました。
飼い主さんの心の準備はある程度整っていたのか、泣きながらも比較的落ち着いた声でした。
電話の内容は「助けてください」とか「今からすぐ連れて行っていいですか」というものではありませんでした。
「こんな時間にお電話するのもどうかと思ったんですが、おしっこや便で汚れてしまって、このままじゃあまりに可愛そうで、どうしていいかわからなくて・・・」
飼い主さんは何度も「ごめんなさい。ごめんなさい」と繰り返していました。
「大丈夫ですよ。いいんですよ」と飼い主さんに返して、ご遺体のケアについて説明させていただきました。
と言っても、そんな大した内容ではなく、温かい濡れタオルで体を拭いてあげてくださいとか、ご葬儀までの間体を冷やすために氷を入れた袋で体を囲ってあげてくださいとか、その程度の役に立つのかたたないのかわからないアドバイスです。
それでも飼い主さんは「ありがとうございました。ありがとうございました」と何度も感謝の言葉を繰り返してくれました。
「本当に強い子でしたね。最後までよく頑張りましたね。」という言葉をかけさせていただきました。
これがあゆちゃんに対する私の最後の仕事でした。
ただ電話で飼い主さんとお話しただけ。
もちろんお金は発生していません。
でも、とてもとても大事な仕事です。
勝手な妄想かもしれませんが、この会話で少しは飼い主さんの心も癒せているのでは、と思っています。
もちろん大事な家族を失った悲しみが、こんなやりとりだけで大きく解消されるわけではないと思いますが、治療だけでなく、最後の最後までできる全力を尽くせたという思いは、飼い主さんの中で完結できたのではないでしょうか。
つくづくこの日夜間手術がなく、救急ダイヤルに出ることができてよかったと思います。
この電話に出れなければ、きっと私は後悔していたと思います。
こういう瞬間、夜間救急対応をやっていてよかったと思うのです。
電話に出なければでないで、飼い主さんは自分でどうにかしたかもしれません。
私の言葉がなくとも、うまく自己完結できるのかもしれません/
単なる私の自己満足なのかもしれません。
それでもやっぱり、最後の仕事を全うできたことに、ちょっとした誇りを感じずに入られないのです。
たとえ電話でとはいえ、あゆちゃんの最期に立ち会えたことを誇らしく思うのです。
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