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アレス動物医療センター

大さじ1杯の塩

 先日夜間救急でやってきた患者さんを助けることができませんでした。
 死因は「塩中毒」。
 塩をたくさん食べてお亡くなりになりました。

 みなさんは塩の致死量って御存知ですか?
 ざっくりとですが体重1kgの犬だと3〜5gの食塩で死に至ります(厳密には10人中5人死ぬ量ですが)。
 体重5kgの犬だと15〜25gくらいで死に至る可能性があるわけです。
 

 15gってすげー量じゃね?
 とか思われるかもしれませんが,意外とそうでもない。
 大さじ1杯の塩で16g,とするともう体重5kgの子は危険量ということになります。
 死に至る可能性が50%の量がこの量ですから,中毒症状を表す量はもっと少ない量です。

 
 知っていましたか?
 塩って死ねるくらいの毒なんですよ。

 
 
 その日は診療後に手術があり,時間外救急の電話が取れるようになったのは深夜の23時。
 電話がかかってきたのは23時20分でした。

 
 「先ほど鶏の骨を飲み込んでしまい,そちらに電話したのですが,繋がらず,色々聞いて回ったら,塩を飲ませると吐くと言われて・・・
 吐かせたほうが良いから嫌がっても無理やり塩を食べさせなさいと言われやってみたのですが,飲ませて30分たったら、血の混じったものを吐いたあと,血の混じった下痢が止まらず,今頭をふらつかせながら,ぐったりしてきてしまって・・・」
 

 すぐに塩中毒だと思いました。

 
 「犬を吐かせるときは塩を飲ませると良い」と,ネットでもよく書かれているらしく,夜間救急で電話して来られる方で,結構これを実践される方が意外と多いのです。
 「ネットを見たら塩を飲ませると良いと書かれていて,やってみたんですが吐かなくて・・・」なんて電話を受けることがしばしばあります。

 
 確かに塩を飲ませれば吐くのですが,万一吐かなかったときはもうその時点で塩中毒まっしぐらですし,そもそも小型犬だと大さじ1杯の塩でもう致死量なわけです。
 ネットには塩を飲ませれば良いとは書いてあっても,体重あたり何g飲ませれば良いとは書かれていないですし,あるいは何g飲ませたら死ぬとも書いてないのです。
 

 私だってこの仕事につくまでは,小型犬がたった大さじ1杯程度の塩で死ぬかもしれないなんて知らなかったわけで,飼い主さんがその危険性を知るわけがありません。
 

 すぐ連れてきてもらうようお願いし,来院した頃にはすでに神経症状が起き始めていました。
 塩中毒の症状としてよく見られるのは,嘔吐,下痢,痙攣,呼吸困難・・・
 

 飼い主さんに厳しい状態であることをお伝えし,すぐにお預かりして治療を開始しました。
 血液検査は案の定NaとClの値が振り切ってしまっています(まさに塩です)。
 預かってすぐに痙攣が止まらなくなり,体温は42度を超え,吐き続け,水下痢が止まらず。
 

 その子は一生懸命頑張ってくれましたが,明け方には息を引き取ってしまいました。
 まったくもって不甲斐ない。
 自分の力不足に腹がたちます。
 

 そして無責任にネットに流れている危険な情報に腹がたちます。
 

 確かに嘘ではない。
 量さえ適切に使えばよいのかもしれない。
 しかしその肝心の情報が欠けてしまえば,意味が無いのです。
 薬だって多ければ,毒になる。
 1回何錠,1日何回と書いてない薬に意味は無いのです。
 

 こんな残酷なことがあるでしょうか。
 まだ若い命が失われ,飼い主さんは本来負うべき必要のない後悔の念を一生背負わなければいけないのです。
 

 当たり前ですが,飼い主さんのせいではありません。
 

 力不足の獣医師と,無責任な情報に殺されたのです。
 

 自分もこのようなサイトを運営している以上,常に気をつけなければいけないとつくづく思い知らされました。
 

 今はなんでもちょっとネットで調べれば,いろんな情報が氾濫しており,そこには間違った情報も,不十分な情報も,全部ごちゃまぜに並べられており,その正否を確認する手段はないのです。
 何年も前に掲載した型遅れの情報がそのまま放置されている可能性もあるのです。
 獣医師でもないのに訳知り顔で,命に関わる誤った情報を(おそらく善意で)掲載している可能性もあるのです。
 

 あの子を助けたかったです。
 あの子自身のためにも,飼い主さんが一生後悔しなくてすむためにも。
 

 飼い主さんは泣きながら引きとりに来られ,お礼の言葉をおっしゃってくださいました。
 でも助けられてなんぼ。
 感謝の言葉をいただける立場ではありません。
 情けなくも,ただただ頭を下げるのみです。
 

 自分の不甲斐なさを世にしらしめる駄文で、みっともない事この上ないのですが、このひとりごとで、同様の犠牲者が一人でも減りますように。



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