今回はちょっとうさぎの話からそれてしまって何なんですが、最近非常に困っている「巣立ち雛の誘拐」について、ちょっと書かせていただきます。
巣立ち雛って?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ようは巣から飛び降りた野鳥のお話です。
5月から7月あたりにかけて、「地面に落ちているスズメを拾った」とか、「飛べないハトの雛を拾った」という電話をよく受けます。
あるいは、実際地面で拾ったムクドリの雛なんかを病院に連れてこられる方もたくさんいるのです。
こんな時どのように対応しているかと言いますと、
「いますぐいたところに戻しに行ってください」というお話をします。
みなさんももしかしたら経験があるのではないでしょうか。
一応羽根も生えそろい、歩くことや羽ばたいてみせることは出来るのに、飛ぶことも出来ず、くちばしの横が黄色い雛のようなスズメが地面などでよたよたしているのを見かけ、思わず保護してしまったことが。
あるいはニュースなどの心温まる光景として、スズメの雛を保護し、がんばって育て、まるで手乗りインコのようにその保護者になついているさまをご覧になったことが。
そして、そのような光景を夢見て道路でよちよちしている飛べない野鳥を保護して育てようとしてみたことが。
私ははっきり言ってこのような光景を夢見ていました。
そして何度も保護していました。
怪我をし、傷ついたかわいそうな野鳥が自分の手で助かり、まるで恩返しのように自分になついてくれるさまを夢見、小学校から中学校の時分にかけて、何度となくスズメやハトの雛を拾いまくってました。
この行為がとても良くない行為であると気づいたのはほんの数年前のことです。
そして、巣立ちと親離れがまったく別物であるということを知ったのもほんの数年前のことです。
巣立ちというのは、ある程度成長した雛鳥がまだろくに飛べもしないのに、勇気を振り絞って地面に向かって飛び(あるいは飛び降り)、地面で親から餌をもらったり、飛び方を習ったり、他の鳥とのコミュニケーションの取り方を学んだりと学習する時期です。
つまり、巣から飛び降りてもまだ飛ぶこともできなければ、餌を獲ることもできない、敵から逃げる手段も知らないという親離れすら出来てない状態なのです。
この期間は鳥の種類にもよるのですが、数週間から数ヶ月続き、この間地面で生活する雛は親から餌をもらわなければ生きていけないのです。
早い話、生活の場を巣の中から地面に移しただけで、まったく親離れできてないのです。
しかし野生動物のテレビ番組などでは、崖っぷちに巣のあるワシか何かの雛が、巣から雄々しく飛び立つ(あるいは飛び立つように見える)映像を感動的に流すものですから、それを見た人は、どんな鳥でも巣から飛び立ったら、もう親とはおさらばして、自分で餌を獲って一人で生きていっているように誤解してしまうわけです。
少なくとも私はそのように誤解していました。
そうすると、地面でよちよちしている巣立ち雛を見つけた人は、怪我か何か飛べないのか、あるいは事故で巣から落ちてしまった雛と勘違いして、保護してしまうわけです(ちなみに台風でもないかぎり、あるいは親に見捨てられないかぎり巣から落ちるということは滅多なことでは起きないそうです)。
かわいそうなのは親と雛です。
餌を探しに行っている間に雛がいなくなってしまって途方に暮れてしまったり、あるいは餌を与えに来たのに近くに人間がいて近づけなかったりするわけです。
ですから私たちはあからさまな外傷もないのに地面で保護された雛が保護され病院に連れてこられた場合、これを「巣立ち雛の誘拐」と称しています(拾ってきた人たちにはかわいそうで、とてもそこまであからさまなことは言えませんが)。
では巣立ち雛を地面で見つけたときはどうしたらよいのかというと、そっとしておいてあげなければいけないわけです。
万一道路のど真ん中など危ないところにいたら、近くの木陰あたりに移動させるだけで、すぐに立ち去らなければいけないのです。
ちなみに巣立ち雛を見つけたときに絶対やってはいけないことが3つあって、
1.絶対保護(誘拐)しない
2.絶対巣に戻さない(また決死のダイビングをさせることになってしまうので)
3.絶対親を捜さない(親が戻ってこられなくなるので)
といわれています。
で、この話をすると拾ってきた人は皆口をそろえてこう言います。
「このまま地面に置いておいて、猫やカラスに捕まってしまわないのか?」と
当然捕まることもあるでしょう。
食べられちゃったらかわいそうなのもよくわかるのです。
しかしそれが自然の摂理なのです。
世の中の巣立ち雛を全部保護して回ったら、ワシやタカなどの肉食の野鳥はどうなってしまうのでしょう。
スズメの雛はかわいそうだが、ワシやタカの雛は餓死してもかわいそうではないのでしょうか。
確かに巣立ち雛を人間が保護し、強制的に何かを食べさせて育てることは絶対無理とは限りません。
数匹に一匹くらいは大人にすることは出来るかもしれません。
しかし地面で餌の取り方やコミュニケーションの取り方を学ばず、人間の手で安全に餌をもらって育った鳥は、そのあと野に放っても、自分で餌を獲ることも出来ず、人間を恐れず、他の仲間とコミュニケーションも取れず(子孫を残せず)、孤独な人生を歩みます(というか歩むことすら出来ませんが)。
これは野鳥としては死を意味するのかもしれません。
拾ってから大人になるまでの生存率はもしかしたら、猫などに地面で襲われることを考えると、人間の手で育てた方がひょっとしたら高いのかもしれません。
しかし、野に放ったあとの生存率は、人間の手で育てた場合おそらく限りなく0に近いでしょう。
私はこのことを知ったとき目から鱗が落ちました。
目から鱗というか、相当ショックを受けました。
だって、先にも書いたとおり、私は幼い頃山のように雛を拾い、山のように育て(あるいは死なせて)来たのですから。
なんてひどいことをしてきたのだろうと、言いようもない罪悪感を感じました。
きっと同じことをされたことがあるという人も、この文章を読んでらっしゃる方にもいるのではないでしょうか。
というか、動物好きな人ほど陥りやすい失敗なのかもしれません。
動物病院に、その人の善意と動物愛護精神をもってやってくる拾い人達にこの内容を伝えるとき、非常に大きな苦しみを味わいます。
ある人は私と同じような罪悪感に青ざめながら急いで雛を連れて帰ります。
ある人は何とも言えない悲しそうな顔をしながら帰っていきます。
場合によっては非常に疑いの目で私を見、不満足な様子をありありと示しながら帰っていく方もいます。
しかしこれは曲げようもない事実であり、目をそらしてはいけないことなのです。
意地を張って無理矢理育てるのではなく、すぐに母親の元に返してあげるように導かなければならないのです。
それがたくさんの野鳥を誘拐してきたものとしての、せめてもの償いかと思っています(その程度で償えるとも思えませんが)。
ちなみに今年だけでもこの話を病院で十数回しています。
あらためて探してみると、多くの野鳥関連のホームページで同様の「巣立ち雛の誘拐をしないで」と訴えるページを見かけます(日本野鳥の会のホームページあたりを試しに見てみてください)。
しかし知っている人は意外と少ないのです(何しろ獣医師の私も知らなかったのですから)。
ろくに飛べない野鳥の巣立ちシーンを感動的に放映し、雛を拾って育てたことを心温まる美談として大いにニュースで流すのに、なぜこの事実をマスコミでは大きく取り上げないのでしょう?
念のため追記しておきまが、死にかけていた野鳥を看病で治し、その結果自然に帰れなくなってしまった場合まで悪いとは言いません(もしかしたらそれすら自然の摂理を狂わす行為なのかもしれませんが)。
ちなみに人間の手で怪我なり骨折なりさせられた野鳥は、力の限り保護し、治療をさせてもらってます。
もしこのようなシチュエーションが身の回りで起きましたら、ぜひこの話を思い出して、保護するのを我慢して(あるいは拾ってきた人に我慢させて)ください。
私を含め多くの獣医師の心労がちょっと軽くなります。
〒933-0813
富山県高岡市下伏間江371
TEL 0766-25-2586
FAX 0766-25-2584