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アレス動物医療センター

シェイクハンド

 獣医師に出来ることは患者さんの助かろうとする力を応援する程度の応援団です。

 神でもなければ、仏でもないわけで、何でも治せるなどとはそもそも思ってはいないのですが、それでもやはり飼い主さんの思いにこたえてあげられなかったとき、自分の無力感に何とも言えない苦い思いをします。

 先月あるゴールデンレトリバーのワンちゃんが病院にやってきました。
 明らかにぐったりして状態の悪いワンちゃんですが、それでも私相手にゆっくりとしっぽを振ってくれるような子でした。
 ご夫婦で診察室に入ってこられ、心配で心配で。
 奥さんは少し青ざめた状態でした。

 北海道から里帰りで富山にやってきたところ、急に具合が悪くなりうちの病院に駆け込んできたのです。
 旅行前からすでに下痢気味だったらしく、病院に行き、きちんと検査を受けられたのですが、その時点では大きな異常はなく、ちょっとした下痢程度だったようです。
 それが旅行途中で急変するというのは、本当に不安だったと思います。
 
 検査の結果、おそらく脾臓腫瘍の腹腔内破裂ではないかという話になり、どうするか、という決断を飼い主さんに迫ることになりました。

 理想論で言うと点滴や輸血などの状態改善後、すぐに麻酔下でのCT検査、もし本当に腫瘍だった場合は、そのまま脾臓摘出手術というところなのですが、その時点で重度の貧血で手術中の死も十分ありうる状態です。
 手術後も、急変することも十分あり得ますし、入院が何日どころか何週間に及ぶかもわからない状況。
 病理検査の結果良性の腫瘍ならまだまだ生きていけるとはいえ、悪性の血管肉腫などだった場合は半年、一年もてば御の字という病気です。
 
 通常でも手術するか、自宅で見守るかを迷う病気であるうえに、北海道からの長距離旅行中。
 1週、2週と長引けば、もちろん北海道での仕事なりに支障をきたすのは目に見えています。

 飼い主さんにどうしますかとお聞きしたところ「どうするのがこの子にとって助かる可能性が高いですか?」と問われ
「北海道への移動途中に何があるか分からないので、これが富山の方だったら今すぐ入院、治療(手術)を進めるべきところです。しかし、事情が事情ですので…」と続けようとしたところ、飼い主さんは迷いなく
「すぐに検査と手術をしてください」と答えられました。

 ほぼ即決でした。

 「ではすぐ取りかかりましょう」と答えて準備に取り掛かりながら、正直その決断ができるほどの愛情の深さに驚きを感じました。

 自分が北海道に旅行していて、愛犬なり愛猫なり、愛ウサギが病気になり、たとえそれがベストと分かっていても、いつ退院できるかもわからない手術を受け入れられるだろうか…
 たぶん無理です。
 
 旦那さんのほうが「もし2週以上になるようだったら、おれだけ先に北海道に帰って、おまえはこっちに残り…」と長期戦も覚悟の話し合いを奥さんと始めていました。
 
 手術が開始されると、お腹いっぱいに血がたまり、手術が終わった後も、ぐったりとしたまま横たわったまま。
 手術の翌日も全く同じ姿勢で眠っているわんちゃんを、飼い主さんは泣きそうな顔で見守ってらっしゃいました。
 
 その翌日も何も食べてくれず、飼い主さんが何か肉とかあげてみてはだめですかと聞かれたので、「牛肉か豚肉をゆでて、後ご飯かさつまいもも良いかもしれません」とお伝えすると(日常あげていいという意味ではなく、この際食べてくれるなら、ということですが)、すぐにどこから調達して持ってこられました。
 
 そうすると、ゆっくりと飼い主さんがゆでてきた肉を食べ始めたのです。
 
 次の日には結構勢いよく飼い主さんが持ってきた肉やご飯を食べ始め、その次の日にはドッグフードも食べてくれました。
 
 日に日に食べる量が増え、必要量を完食するようになり、どうにか1週間で退院できました。
 
 しかしその時点で病理検査の結果が届いていました。
 結果は悪性の血管肉腫でした。
 
 飼い主さんにいつ何時再発してもおかしくない、半年、一年もてば御の字、急変することもあると、手術前にお伝えしたことを繰り返したのですが、飼い主さんはある程度覚悟していたのか、「そうですか」と一瞬落胆した後に、笑顔で
 「ありがとうございました」
 とお礼を言ってくれました。
 
 本当はとても辛かったはずなのに、旦那さんは握手を求められ、堅く私の手を握りながら「お世話になりました」と笑顔で帰って行かれました。
 なかなか日常で人と握手をするという機会がなく、ちょっと気恥ずかしい思いで握手にこたえると、奥さんも「ありがとうございました」とちょっと恥ずかしそうに握手を求められました(そりゃそうだ)。
 
 あまりに一生懸命お礼を言われながら帰って行かれたので、事の重大さがうまく伝わっていないのかもと少し心配になったくらいです。
 
 それから一月もたたずに北海道から電話がかかってきました。
 奥さんからの電話は、そのわんちゃんが息を引き取ったという連絡でした。
 
 おそらくどこかに転移していたのだと思います。

 奥さんは電話の向こうで、泣いてらっしゃったと思います。

 それでもわざわざ報告の電話を入れてくださり、
 「いろいろお世話になりました。ありがとうございました」とおっしゃいました。

 私はただ「お力になれなくて申し訳ありませんでした」とお伝えすることしかできませんでした。

 感謝されるほどのことは何もできていないのです。
 握手にこたえられるほど、寿命を延ばしてあげられませんでした。
 無力だなーと思うわけです。

 もっと何かでき何じゃないだろうか、もっといい方法はなかっただろうかと、O型の割には結構ずるずると考えてしまったりします。

 うあ、年末にこんなグジグジしたひとりごと書いてる。

 切り替えなきゃだめですね。
 自分にできることを精いっぱいやる。
 そもそもそんなに何でもできるわけじゃない。
 がんばる動物たちの応援団。
 主役はやっぱり動物たちなのでしょう。

 年越しとともに切り替えましょう。
 けして忘れず、切り替えましょう。



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